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彫刻の森
この間の日曜と月曜、箱根に行ってきました。

箱根を歩くのって、何年ぶりなのかしら?
箱根湯本の温泉街もスイッチバック式の登山電車も
ぼんやり覚えていただけなので、
相当長い間、箱根に足を伸ばしたことがなかったんだろうと
思います。

まさに小春日和。申し分のないお天気でした。
見上げる空は真っ青に澄んで、葉っぱを落とした木々の枝が
その青を縫うように走っています。
そして冬木立の周囲には、不完全燃焼気味の紅葉が
遠慮がちに枝を広げていました。
いつもなら燃えるような赤や黄色で全山埋め尽くされるんでしょうけど、
残念ながら今年は色が冴えません。

一泊した翌日も上天気。
登山電車で乗り合わせたお隣のカップルは、小涌谷で降りてバスに乗り換え、
元箱根から富士山を望むんだと話していました。
ヘー、そういうルートもあるんだ・・・と、
箱根にうとい私は地図を片手にチェック。
そのルート、いつか試してみようと思います。

夫と私は彫刻の森で下車。

野外に展示されているたくさんの彫刻を、のんびりゆっくり見て回りました。
初冬の月曜日は人が少なくて本当にいいなあと思います。
カッラーラの大理石を使ったジュリアーノ・ヴァンジの作品は、
いつもそうだけど、おおらかで温かみがあるし、
ヘンリー・ムーアも単純化された形がいいなあ。



それから緑陰ギャラリーに展示されている小品のコレクションも
素晴らしいし、
ピカソ館はまさに圧巻というしかありません。
ピカソの絵をもとに織り上げたタペストリーは、
なぜかとても心に染みました。
糸や布が本来的に持つ優しさのせいなのかもしれません。
それは、私にとって思いがけない収穫でした。

というわけで、彫刻の森を堪能した分、早雲山から芦ノ湖に出るのが
遅くなってしまい、
その間に早朝には青一色だった空が、じょじょに白い雲に覆われ始め、
今度はその雲がなにやら怪しげな暗色に変わってきました。

ロープウェーの乗客は一様に、「あーあ、残念ねえ。今朝は富士山が
よく見えたのに、お隠れになっちゃったわねえ」

ほんと!残念です。
昨日、ロマンスカーの車窓からは見たものの、
できればその雄大な姿を近くで見たかったですね。
それは次回のお楽しみってことかな。


# by g-diva | 2011-12-07 16:35
ああ、ニューヨーク


少し前にニューヨークから帰ってきました。
10月のニューヨークはたぶん寒いだろうと思って、あれこれ防寒着をそろえたのに、
意外にも夏のような日差し!
ほとんど半袖で過ごしました。
ただメトロポリタン美術館もMOMAも、作品保存のためか、過剰に冷房がきいており、
忍び寄る冷気に肩をすくめながら見て回りました。
どちらの美術館にあるものも、人類最高の文化遺産。
室内の温度も湿度も、そうした作品の保存に最適に設定されているんでしょうけど、
人間にはこたえます。
実際、MOMAの監視員の方たちは、大柄な体躯を夏でも黒いスーツで包んでいますものね。
それだけで素晴らしいオブジェだな・・・・と、いつも思います。

2晩、ミュージカルを見ましたが、劇場もまたガンガンに冷えていました。
その冷気の中、エレガントに肩を出して着席しているお嬢さんたちを見ると、
将来冷え症にならないかしら・・・なんて考えてしまいます。
もっともアメリカの人は、身体の出来が違うのかな?
寒さに対する耐性があるのかもしれません。

ニューヨークでは娘二人と
「高級コンドミニアム」という触れ込みのアパートに泊まりました。
上の娘がネットで探して予約したのです。
ホテルに泊まるよりも宿泊料が安いし、部屋が広い分くつろげるだろうと思ったのでした。
経営者(管理者?)は日本人で、折り返し長文のメールが日本語で届きました。
使用細則のようなものです。
メールの感じから管理のよさそうなアパートかなと期待しましたが、
チェックイン担当の子連れの女性と時間を決めて建物の前で落ち合い、
案内された部屋は・・・・・・・・
唖然とするほど「ノー管理」でした。
どんなに汚れていたかをここで語っても仕方がないのでやめますが、
旅装を解く前にアパート中の掃除をしたってことだけは、言っておこうと思います。
皆さま、「高級コンドミニアム」にはご注意あれ!!!

今回のニューヨーク滞在で感じたことの一つが、都市を清潔に保つことの
難しさでした。
それについてはまた別の機会に書きたいと思います。
# by g-diva | 2011-10-28 10:18
ただいま!
こんにちは!皆さん!
数日前に帰国しました。

そして、思いもかけない雪にびっくり。
幸い、路面が凍ることもなく、翌日には天候が好転しましたが、
例年の3月よりいくらか寒いんではないかしら。

頭はまだセットアップ中です。
ネット時代の恩恵で、地球が小さくなったという気もしますが、
やはりイタリアと日本ではなにからなにまで違うのも事実。
歌舞伎の回り舞台のように、
イタリアの街から日本の町ヘクルッと変わってしまったのに、
身体も頭もすぐには切り替わらない・・・・
そんな茫然自失状態を、ちょっと楽しんでいます。

フィレンツェ滞在の最後は、思い出に残ることがたくさん
ありました。それについては次回!
# by g-diva | 2011-03-10 14:33
ヴィーヴォの出世物語
私たちが住む通りの話です。

その通りの、今は空き屋になっている店の前に、朝早くから犬を連れて座っている青年がいました。年齢は20代中頃かな。
ビール瓶を片手に、いつも本を読んでいます。
そしてその隣に、白毛のムク犬が両足をだらりと伸ばして、横たわっています。
こういう青年をなんて呼べばいいんでしょうね。
とくにお金を投げ入れてもらうための皿を置いているわけでもなし、
自分を認知してもらえるようなプラカードを立てているでもなし。

失業者・・・・といえばいいのかな。
一度、夫が彼に小銭を無心されたことがあります。ビール代がなかったらしいのです。
夫はこういう時、喜んで施しをするタイプなのでポケットをまさぐって小銭を渡したんですが、
おそらく彼はそんなふうにして犬との2人暮らしを支えているんだろうと思います。
赤ら顔はしているけれど、純朴そうな、優しい青年なのです。

犬の名前はヴィーヴォ。12才だそうです。

その彼が夏の夕方になると、居場所をポンテ・ヴェッキオに移して、
路上音楽家の歌声に聞き惚れているのを見かけました。
目が合うと、手を挙げて「チャーオ」と挨拶してくれます。

それが・・・・・この冬、彼の姿を通りに見ないけど、どうしたのかなあと思っていたら、
なんと彼はポンテ・ヴェッキオの土産物屋を手伝うようになっていたのでした。

世の中って捨てたものじゃないなあ・・・・って思います。
だれか一人でも手を差し伸べてくれる人がいたら、人は変われるんですね。
この頃は赤ら顔も消えて、混み合う屋台をてきぱきと切り盛りしているようで、通りかかる度に彼とヴィーヴォの姿を見ては安心しています。

そのヴィーヴォ、今では死んだように寝ていることもできず、周囲の人たちのアイドルになっています。
ある日のヴィーヴォをお見せしましょう。
犬の番を頼まれたお巡りさん、まんざらでもない表情です。

# by g-diva | 2011-01-30 00:13
サルディからアートへ
2011年1月も残りわずか。
そういえば日が暮れるのも、いくらか遅くなったような・・・・。

フィレンツェの1月は冬物のサルディで始まった気がします。
1月6日のエピファニーアの祝日を皮切りに、フィレンツェ中の店が
20%から50%、中には70%ディスカウントの大安売り。
こうなると、自然に、物欲が頭をもたげてきます。

というのは、イタリアは間接税が高いので、衣料品なども決して安い

わけじゃなく、普段はなかなか買えないのです。
だからサルディは庶民にとっては救いの神で、この時ばかりは買い物

天国の気分を味わうことができます。

今年は6日の祝日が木曜日だったので、翌日を休みにして日曜日まで

4連休だった人も多いらしく、その4日間は街中が驚くほどの人で賑

わっていました。
どのカップルも、どのファミリーも、4つ、5つと、
大型の買い物袋を腕に下げ、楽しそうに歩いています。
みんながそんなふうだと、すれ違うのも一苦労。
こういう気分って、伝染するんですよね。
気に入った靴屋がお客でごった返していて、入場を制限された人の列が
できていたりすると、気持ちが落ち着かなくなるから不思議なものです。
クリスマス以来の豪華な飾り付けとあいまって、
「狂乱のサルディ」とでも呼びたいような熱気で街中が包まれていま

した。

サルディはまだ続行中です。
でも、クリスマスの飾りはさすがに姿を消し、街は次第に落ち着きを

取り戻しています。

そんな中、昔の駅舎をそのまま展示会場にした場所で、コンテンポラ

リー・アートの展示と、ヴィンテッジ・ファッションのフェアが行わ

れています。
アートの方は、トゥルッサルディ財団がここ8年半の間に現代の作家

たちに制作を依頼したものだそうで、
たしかに面白いものがありました。
それに古いレンガ造りの巨大な会場が、コンテンポラリーにはぴった

りです。

これと隣り合って開催されているヴィンテッジ・フェアは、
多分、その趣味の人が見たら垂涎ものなんだろうなあと思います。
イタリア各地のヴィンテッジ・ショップが店を並べていて、
1920年代くらいからの品々がところ狭しと置かれ、
買いに来ているお客もさすがに個性的。
これはこれで、見応えがありました。
便利で快適な生活を求める反面、レトロでぬくもりのあるものに惹かれるのは、多かれ少なかれ、だれにでもある傾向だろうと思いますが、このヴィンテッジの世界はもっとはっきりした生き方の表明

のような気がしました。

季節はサルディからアートに移りつつあります。

# by g-diva | 2011-01-29 09:40
さようなら2010年
さようなら2010年!・・・・・と、つぶやく日。
それが今日ですね。
この時刻、日本ではもうお元日ですが、イタリアはまだ大晦日の夜です。
これからカウントダウンの大騒ぎまで、まだ数時間あります。
それまでに予約したレストランで大晦日の特別ディナーを楽しむ
というのが、もっともお洒落な過ごし方なのかな?
我が家では、お昼に友人手製の赤飯をいただいたので、
夕食はパスタと簡単な肉料理になる予定です。

さて、少し時間に余裕がある間に、今月を振り返ってみますと・・・
12月はどこもパーティの時期なんでしょうね。
招いたり招かれたりで、普通の月とは違った忙しさがありました。

とくに思い出すのが、この家の大家さんから招かれたゴージャスな
クリスマスパーティです。
フィレンツェ郊外の別荘で行われたんですが、
まるで映画のような・・・という表現が一番相応しいと思います。
夫はタキシードを新調し、私も黒のドレスを買い求めました。
それでちょうどよかったという印象ですね。
イタリアの富裕層の暮らしぶりが垣間見られたのは興味深かったのですが、
私たちが一番心を動かされたのは大家さん夫妻の優しさでした。
とくに食事の後に挨拶に立った夫人が、クリスマスにちなんで慈善活動の話をした際、
ふと声をつまらせ、鼻水をすすり上げたので、その時彼女が涙ぐんだことが分かりました。
この見るからに優しそうな夫人が、イタリアでも有名な女性経営者だなんて・・・・。

そういうわけで、そのパーティは特別な意味を持つものとなりました。
人間の究極の目標って、やっぱり金銭じゃないなと思います。
どんなゴージャスなパーティも、ただそれだけだったら、出席者にあれほどの心地よさを与えることはなかったでしょう。
私が目指したいものの一つを、見せてもらった気がします。

そのほかにもたくさんの交流がありました。
人との交わりは、美術作品を見たり、街を歩いたりというのとは
別種の充足感を味わわせてくれます。
私たちと交わってくださった大勢の方々に、心から感謝申し上げます。

どうぞ来るべき2011年も平和な、素晴らしい年でありますように!

そろそろ、街のあちこちで爆竹が鳴り始めました。
気の早い人たちですね!
# by g-diva | 2011-01-01 03:46
クリスマスの前


12月に入って驚いたこと。
それは観光客がめっきり減ったってことです。
通りや広場に人影が少ないのは寒いせいもあるでしょうけど、
ドゥオーモ(大聖堂)の中がガランとしているのは
寒さと関係ないですものね。

人気のない午後のドゥオーモに入って、
ひさしぶりにのんびりしました。
そして70年代のフィレンツェを思い出しました。

あの頃もフィレンツェは観光地だったけど、
今ほどじゃなかった。まだまだ落ち着いた街だったなって思います。
フィレンツェ人はどことなく近寄りがたいところがあって、
目抜き通りにある店はどこも敷居が高い気がしたものです。
そもそもイタリア流の買い物の仕方に慣れていなかった。
まずいくつかのショーウィンドーで品定めをして、
自分が手に入れたいもののアウトラインをはっきり描いておく。
そしてここぞという店があったら、おもむろにドアを押して入っていく。
店員がすかさず「なんでしょうか?」
そこで自分の目的を伝えて、めざすものを目の前に出してもらう。

そう、これだけの手続きが必要だった。

ところが今は、多くの店が最初からドアを開けておき、
見たい人が自由に中に入って、品物を手に取ることができる、
そういうシステムに変わっています。

つまり、多くの店が市民ではなく観光客をターゲットにしているということです。

先月に比べて観光客が少なく感じる分、落ち着いた印象を受ける
フィレンツェですが、
どの通りにもクリスマスのイルミネーションが仕掛けられ、
どの店のショーウィンドーにも綺麗な彩りのデコレーションが施されています。

そしてドゥオーモ前の広場には大きなもみの木が出現。
きっとプレゼピオ(イエスの降誕の場面を表す人形飾り)も設置されるんでしょうね。

# by g-diva | 2010-12-03 04:02
フィレンツェの侍
11月は雨の季節です。
1966年にアルノ川が氾濫して大洪水になったことがありますが、
それも11月4日のことです。
今年、11月4日には、書店のショーウィンドーなどに
この出来事を伝えた当時の新聞記事や雑誌などが展示してありました。

そんなわけで、毎日曇りか雨かのどちらか。
たまに晴れることがありますが。そんなときは広い青空の一画に
すでに雨を呼ぶ雄大な黒雲が立ち現れています。

とはいえ、ここはフィレンツェ。
やはりただの街ではありません。
雨の季節をものともせず、さまざまなイベントが毎日のように
繰り広げられています。

たとえば、11月の2週目には「日本映画祭」がありました。
これは日本とイタリアの文化交流をめざすあるグループが
手がけたもので、今年が2回目だそうです。
今年のテーマは「侍」。それに合わせて最新作や近作の侍映画が
上映され、その上「カムイ」という殺陣師グループも登場して、
由緒あるペルゴラ劇場で「侍パフォーマンス」を上演しました。
このグループの代表の島口さんは、ハリウッド映画の「キルビル」
に出演したほか、俳優たちの立ち合いも指導したそうです。




ここにお見せするのが「カムイ」の島口さん(右)と福田さん。
2人とも外出用のユニフォーム姿です。
素材はジーンズですが、パンツは袴のように裾が広がっていて、
フィレンツェの街中で見るとまるで侍のようです。

この映画祭が進行している頃、Florens2010という別のイベント
プログラムも開始されました。
こちらは大がかりな催しで、フィレンツェ市内の50以上の会場で
100を超えるイベントや展示、講演会などが盛り込まれています。

その初日に登場したのが、ミケランジェロの「ダヴィデ」の
新しいコピーです。
この像の本物はもちろんアカデミア美術館にありますが、
像のコピーは、本来置かれていたパラッツォ・ヴェッキオの入口にも、
それからミケランジェロ広場にもあります。
そこに突如、もう一体現れたのです。
しかも大聖堂の屋根の上に。

新しいダヴィデは翌日には大聖堂の入口前に移され、
しかもこの二日間、大聖堂の周囲にはピサの大聖堂にならって
本物の芝が張られたのでした!!!!
舗石の上に!

そして三日目には、新しいダヴィデは移送車に乗せられて、
フィレンツェ市長やこのイベントの主催者、それから
「カルチョ・ストリコ」に登場する太鼓手やラッパ手、旗手など、
ルネサンス時代の衣装に身を固めた大勢の人々に伴われて、
カルツァイウォーリ通りをゆっくり進み、
シニョリーア広場まで約1時間行進したのでした。

まあ、やるもんですね。
新しいダヴィデは樹脂製で、表面を大理石の粉末で覆っている
そうですが、シニョリーア広場にすでにあるコピーと対面した後、
どこかに運び込まれたようです。

コピーといっても像だけで4,1メートルもありますから、
原寸大のものはなかなか作れるものではありません。
しかし、そのコピーのお披露目が、本物を設置した時の移送の再現として
企画され、通りを埋め尽くした多くの市民や観光客から祝福されるなんて、
こんなことができるのもフィレンツェならではだなあと思いました。

それにしてもイベント尽くしの秋です。
時々、ディズニーランドに住んでいるような気分になりますが、
そう感じるのは私だけかなあ?
# by g-diva | 2010-11-19 02:24
アレッツォの骨董市
日本の友達が、真っ赤に紅葉したハナミズキの画像を
送ってくれました。DIVAの窓から見えるハナミズキです。
そうかあ、日本もそんな季節なんだ・・・・と思いました。
あの真っ赤な葉が、これから一枚二枚と落ちていって、だんだん
丸坊主になり、最後に真っ赤な実が残るのを、一体何回見届けたのかなあ?
今年だけはあのハナミズキの落葉に立ち会えないわけか・・・
なんて、物思いにふけったりしています。

ここトスカーナでも、秋の紅葉は始まっています。
数日前、ローカル電車でアレッツォに行ってきましたが、
車窓からは黄金色に色づいたブドウ畑や真っ赤なツタの葉など、
まるでカレンダー写真のような秋景色を楽しむことができました。

電車はアルノ川の渓谷に沿って、上流をめざして進みます。
フィレンツェでは曇り空でしたが、あるところからにわかに霧がかかり、高度が増したことが分かります。

これはそんな駅の一つ、「インチーザ」の線路脇の様子です。


霧の中に柿の木が立っているのが、分かりますか?
この季節じゃないとそれが柿だってことが分からないと思いますが、
柿の木は案外多いのです。柿はイタリアでも「カーキ」と呼ばれています。
大抵は完熟したトロトロのものを食べるのですが、
この頃は「カーキ・メーラ」(柿リンゴ)と呼ばれる硬い柿も出回っています。

それはそうと、青い表示板の上に左に寄せてIncisaと駅名を表示して
あるのを、どう思われますか?
私はとてもオシャレだなと思います。
日本の駅でこういうのは見たことがないなあ。必ず表示板の真ん中に
書いてあるんじゃないかしら。

アレッツォ行きの電車は朝晩の通勤時間帯を逃すと、1時間に一本
しかありません。
昔はフィレンツェとローマを結ぶ幹線上にあったのに、
新幹線ができてフィレンツェーローマ間がノンストップで1時間35分で
結ばれるようになってからは、鉄道の上ではローカルな地位に転落してしまったようです。

でもアレッツォには、ほかにはない、素晴らしい美術遺産があります。
サン・フランチェスコ聖堂に残る、ピエロ・デッラ・フランチェスカの大壁画「聖十字架物語」です。

久しぶりに見るピエロの壁画は、私たちのほかにはドイツ人のご夫婦
一組しか見物客がなく、落ち着いた気分でゆっくり見ることができました。
なにより素晴らしいのが、たとえ壁画のテーマが分からなくても
どんな場面かがありありと分かる、その簡潔で力強い描写です。
しかも色彩感覚が見事!
この作者は相当に知的な人なんだな・・・・と思わずにはいられませんでした。
図版で見ると、あまりいいとは思えなかった戦闘場面も、
現場で見るとなかなか臨場感があり、けっしてほかの場面に見劣りしません。
不遜ながら、こういう絵が描きたいなあ・・・・と思ったことでした。

アレッツォはまた月1回の骨董市でも有名です。
毎月第一日曜日とその前日の土曜日に、街中の広場や街路を会場に
骨董の野外市が立つのです。


私たちが訪れたのも、そんな土曜日でした。
店を広げる側もお客の側も、イタリア各地から集まるようです。
骨董を手に取る日本人客の姿も何組か見かけました。
私たちは小さなものを3つ4つ買っただけですが、
帰り道に大聖堂に寄ろうとして、家具屋の前を通りかかった時、
路上で店番していたヴェネツィア人のおじさんから
18世紀作の絵入りの大テーブルを買わないかと熱心に持ちかけられ、
断るのに一苦労しました。
たしかに素晴らしいロココのテーブルです。
12000ユーロでどうだ!とのこと。
一瞬ゼロを一つつけ間違えて、買ってもいいような気になったけれど、
よく考えたら貧乏人にはとても手が届かない代物でした。

それなのに・・・・値段は問題じゃないけど、家の広さと全体の調和が
問題だから、ちょっと無理だね!なんて言って断った夫も
多分ゼロを一つ間違えていたんだと思います。

ハハハ・・・、笑っちゃいますね。
しかし、古いものならなんでも売り物になっちゃうアレッツォの骨董市、
たしかにはまりそうです。
# by g-diva | 2010-11-10 02:00
家族大集合
10月中旬から2週間、家族がフィレンツェに大集合しました。
アメリカから長女とそのパートナーが、
そして日本からは長男と次女が到着し、
それと夫と私を加えた合計6人で、まるでキャンプにでも来たみたいに、
ワイワイガヤガヤとにぎやかな日々を過ごしました。

家は広いのですが、ベッドルームは一つしかなく、
そこにどうやって6人分の寝場所を確保するかが最大の問題でした。
これは知恵をしぼってなんとかクリア。
次なる問題は、給湯器がタンク式のため、
タンク内のお湯がなくなってしまうとシャワー中に水に変わる
という、ちょっと悲惨な問題です。
でもこれも、みんなが節水に努めたおかげでなんとかクリア。

その上、プライバシーもなにもあったものじゃなく、
アメリカ人のパートナーは内心とても驚いたにちがいないのですが、
彼も許容範囲を広げたのでしょう、不思議となじんでいました。

一歩外に出れば、そこはフィレンツェ。
見るべきものは多いし、見せたいものや案内したいところも
たくさんあります。
その上シエナやピサにも行きたいとなると、時間はあるようで
ないのが実情です。

しかし観光はさておき、普段離れて暮らす家族が短い期間とはいえ
一つところに大集合して、いっしょに生活し、
子供の頃に帰って貧民ゲームに熱中したりしたのは、
ほとんど奇跡的に実現したことなのじゃないかしらん・・・・・。

考えてみたら、私が数年前に作った「なりたいバアサン」という絵本
の中に、この家族大集合のエピソードがあったっけ。
するってーと、私はもう「なりたいバアサン」像の一つは
実現させちゃったというわけだ。少なくとも一回はね。

楽しく過ごした2週間があっという間に過ぎて、
それぞれ帰路につく日、再会を約束しながら6人が交互にハグを交わしました。
別れは寂しいけれど、また次の大集合があるさ!って思っています。

# by g-diva | 2010-11-05 00:34
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